2015/09/27

ライク・ア・ヴァージン

 見た目に特徴が多いせいか近所の飲食店ですぐ顔を憶えられてしまう。
そのせいで何度か行くともう常連扱いされてしまうのだが、実はこれが非常に苦手だ。

 「いつもありがとうございます。」

 これはまだいい。二度しか行ってない店でも言われた事があるが、まあこんな挨拶はサービス業なら決まり文句として普通にあるだろう。

 「今日は○○じゃないんですね!」

 メニューをオーダーした時にこんな事を言われてみろ。コーヒーなんかはいつも大体同じ物を頼むのだが、たまに気分を変えて違う物を頼むとこれだ。
俺だって違う物を飲みたい時があるんだよ!それとも何か?俺に言わせたいのか?常連客の証しである常套句、「いつもの」と。言われたら言われたで絶対困るくせに!

 「お仕事何されてるんですか?」

 それがお前に関係あるのか?特定の職業では頼んじゃいけないメニューでもあるのか?
そこで俺が「木こりです」と答えた場合、お前はどんなリアクションを見せてくれるんだい?

 「髪、そんなに長かったんですね!?」

 いつもわりとコンパクトにまとめて帽子をかぶったりしてるため、たまに髪を下ろすとこう来る。
俺が飲食店で働くワケではないので髪の長さなどどうでもいいだろ?
ハゲた客には「そんなにハゲてたんですね!?」と言うのか?ん?

 「この連休は旅行とか行かれないんですか?」

 行ってないから今こうしてこの店に居るんだろうが。
何でお前はいちいち俺のスケジュールを把握したいのか?
たとえ旅行に出掛けたとしてもお前には土産なんて買わないし、そんなに俺にどっか行って欲しいならお前が旅費を出せ!

 店内の出来事ならまだいい。外で店員を見かけた時には、こちらは極力オーラを消して気付かないフリをしているのに、そんな努力も空しく目ざとく見付けて挨拶をしてくる。勘弁してくれ。

 気を遣ってくれてるのは解る。明るく楽しい接客を心掛けているんだろうが、しかしどうせ気を遣うならもう一歩踏み込んで、そういう接客が苦手な人間をきちんと見極めてそれ相応の対応をしてもらいたいものである。
何度も行ってるファミレスでいつも禁煙席を指定しているのに毎回素っ気なく喫煙か禁煙かを訊いてくるウェイトレスは俺の女神だ。

 個を消してこっそり飯を食ったりコーヒーを飲みながら読書などしたいのに自分の名前まで知られている恐ろしさ。
それは以前いきなり店員に自己紹介され「豊穣の穣って書いてジョーと言います!」と言われたもんだからつい反射的に「雲に平で、ウンペイです…」と口走ってしまい、その店員が辞めた後もいまだにその店では名前で呼ばれたりしていてとても後悔してる。

 そうなのだ、明るく楽しい接客をされるとついついこちらもそれなりに朗らかさを装って作り笑いに顔を歪ませながらちょっと面白い受け答えなんかしてしまう。そして「またやってしまった…」と自己嫌悪するのだ。
まるで好きでもない男から迫られて断れず股を開いてしまう女のよう。

 気高く尊いヴァージニティー。
その神聖さが近所の飲食店によって犯され、今日も俺の処女膜が破られる。

 血が出たらごめんね。