2017/09/08

タダモノ

 深夜2時まで営業している事と家から徒歩3分くらいなので重宝しているファミレスがあるのだが、店員にはもちろん顔を憶えられ自動的に好みの座席に案内されるようになり(しかも別に好みっていうかただ地下にあるその店舗でWi-Fiの電波が入りやすい席だからというだけなのだが)、すっかり常連のくせに常連扱いされるのが嫌いなのでその待遇すら煩わしいと思ってしまう自分に新たな敵が現れてしまった。

 紫色に染めた白髪に豹柄のコート、同じく薄い紫がグラデーションで入ったレンズのメガネからはチェーンを垂らし、席でいつも独り新聞を広げながら食事をしている妙齢の女性。
『VOGUE』の編集長アナ・ウィンターとまではいかないまでもどこか颯爽と自立した自由さのある人なのだが、乗り付けて来てる自転車を見るともちろんママチャリな上にハンドルカバー付き。安定のババア感。

 その和製アナ・ウィンターからの度々の視線はもちろん感じていた。
ただでさえこちらは目立ちやすい髪型やピアスなどがあるのでそれは仕方ない。しかも好奇心旺盛そうなババアなんてこちらはすでに早めにチェックを入れておりなるべく目が合わないようにしばらくの期間は過ごしていたのだが…。

 完全にこちらの落ち度だった。
ドリンクバーでコーヒーを淹れようとした時の一瞬の隙をついて間合いを詰められ隣に回り込まれてしまったのである。
そして間髪を入れずに
「何をなさってる人なの?」
と、急な接近にこちらが戸惑っているのにも構わずに、更には
「お仕事とか。」と好奇心いっぱいの輝きで窺ってくる。

 ああ、これはもう諦めるしかない…と敗北の作り笑顔で
「デザインなどやってます。」
と答えると、

 「ああ!やっぱり!

タ ダ モ ノ で は な い と 思 っ て ま し た !」

と感嘆されてしまったのだが。

 ちょっと待て、まず「やっぱり」って何だ、お前は他人の職業を見抜ける特殊能力を持ったミュータントとしてX-MENにでも在籍しているのか!?そして分かってるなら最初から訊くなよ!
しかも「タダモノではない」というのはどこで判断しているんだ!?一体何をもってタダモノかそうでないかをお前は区別しているのだ!?
むしろ初めて喋る人間に対してそんな言動を放てるお前がタダモノじゃねーよ!!!

 …と、心の中は「勘弁してくれ~!」という思いが渦巻いているのだが、そこは自分の器の小ささが哀しいかな、ヘラヘラと愛想笑いをして次々と繰り出される質問のコンボに体力を奪われながら回答していくしか術がないのである。

 髪型や服装についても散々一方的な感想を述べられしばらくドリンクバーの前で立ち話になりながらも僅かなチャンスを見逃さずにやっと席に戻れる!と思ったのも束の間…。

 なんとその紫のアナ・ウィンターがこちらの席まで付いてきたのである。
いや、呼んでねーし!!!
さすがに椅子に座りはしなかったものの、こちらが腰掛けても側に立って水を得た魚のように喋りまくっている。




 一体、今自分に何が起こっているのだろうか?
もう彼女の話は耳に入らず、周りの景色が砂漠と化していくような感覚、不毛な状況というのは人を無の境地へと誘うのだろうか………




 ハッと我に返ると、散々喋って満足したのであろう、こちらに軽く会釈をして自分の席へ戻っていくババアの後ろ姿はとてもイキイキとしていたのだが、自分には空っぽの心とぬるくなったコーヒーしか残っていなかった。

 それがこの日だけの出来事なら良かった。
それからというもの目が合えば話し掛けられ、髪型が変われば話し掛けられ、すっかりロックオンされてしまったようである。
こちらはもう辟易を通り越し、やるせない気持ちを無理矢理ホスピタリティに換算して受け答えをする日々。

 一体その好奇心と図々しさはどこから生まれるのだろうか。そしてまんまと餌食になってしまった。

 あんたこそ、タダモノじゃないよ。

 あんた、ケダモノだよ!