2019/06/03

情けない大人/たくましい大人

 平成から令和へと時代が移り変わるその数日前、その日は朝から何となく体調が優れないような気がしていたけど昼過ぎに銀行に寄って手続きをし、待ち時間を店内のソファに腰掛けて過ごしていると猛烈に気持ちが悪くなってきたのでとりあえず近くのドラッグストアで吐き気止めを買って飲むも効果がなく、立つのはおろか座っている事もキツくなって床に膝を付いてソファに突っ伏してうずくまり、端からみたらイスラム教の礼拝かと思われそうなポーズで不快の波をやり過ごそうとしてみたものの全く良くなる気配がない。寒気もするしコレは何だかヤバイなと朦朧としながらヨロヨロと受付まで行き、先ほど対応してくれた銀行員に救急車を呼んで欲しいとお願いして、またもソファ礼拝。

 すると神に祈りが通じたのかしばらくして救急車が到着したらしくストレッチャーを持った救急隊員が店内まで来て手際良くそこへ乗せられ、銀行員が僕のバッグを手荒に同乗させるもんだから「PC入ってるから扱いもうちょっと丁寧に~!」なんて思うももちろんそんな事を言えるはずもなく人々の奇異の眼差しを浴びながらガラガラと外へ搬出され救急車に運び込まれる。

 昼間の日射しはあまりに眩しく気持ち悪さに手足は冷えて小刻みに震え吐き気はするけど吐ける感じでもないという状態で寝そべるも車の揺れでさらに気持ち悪くなる上に眼球にライトは当てられるし意識の有無や判断能力と個人確認のために色々と訊かれて喋らなければならず、気持ち悪い時に勘弁して~って精神的に追い詰められたのか病院に着いた頃にはグッタリしつつもパニック症状で過呼吸が。

 すぐにベッドに寝かせてくれるのかと思いきやまずはレントゲンて事で、もはや海中のワカメのようにユラユラとしか立てずレントゲン機器に挟まってやっとの体勢で撮影。
横になれたと思ったら今度は検査のための採血と点滴の準備が慌ただしくされるも、僕、こんな人殺しみたいな顔して実は注射恐怖症なのでさらにパニックになって体はまるで前衛舞踏か水俣病患者のように捻れて硬直しながら暴れ、自分の手に噛み付いたまま腕が伸ばせないので注射が出来ず医者達もサジを投げ、仕方ないのでとりあえず薬で!と処方のためかバタバタと全員病室から出て行ってしまった。

 独りポツンと残されて緊張の糸が解けたら途端に情けなくて悲しくなってしまい壁に寝返ってオイオイと号泣。もう40才なのに注射も出来ないなんて、そして注射が出来ないのが情けなくて泣いているなんてますます情けなくて。

 そこへ女医が戻ってきて「あらあら、どうしたの?」と優しく頭を撫でだすもんだから、もう情けなさの極致!嗚咽も止まらず泣き続ける僕を見て女医も不思議がって、「何か昔に注射ですごく嫌な事があったのかな~?」なんて子供をあやすように言っていたけど、コレがまた謎で、もちろん子供の頃から注射は嫌いだったけど病弱だったためにしょっちゅう病院には行ってたし注射もイヤイヤながら打たれていて特にそこまでの拒否反応はなかったのだが。
思い当たるトラウマとしては成人してから入院時に検査のための採血でシリンダー6本分の血を一度に取られたもんだから血圧が一気に低下してその場で気絶、応急処置室のベッドで血中酸素濃度を測る器具を装着した状態で目覚めた時だろうか?

 そんな情けない涙も乾かぬうちに医師のところへ呼ばれレントゲン写真を見せられながら「胃腸が全く動いていない」と言われる。注射拒絶による採血不可で血液検査が出来なかったため原因は不明。

 気持ち悪さが落ち着くまでしばらく横にならせてもらい胃酸調整の効果がある胃潰瘍用の薬などを出される。優しい女医は最後まで優しく、初めての病院だったので駅までの道のりを教えてくれて、その日はそれで病院をあとにした。

 その後は固形物が食べれずお粥生活。新元号を迎えてもまだ胃腸は不調でしばらく寝込む毎日だったので仕事も飛んだり人付き合いも疎遠に。
徐々に良くなったかな?と思って調子に乗ってお粥以外の物を食べたりするとやっぱり寝込むので基本お粥に豆などを入れた江戸時代の農民のような食生活が続く。
さすがに栄養が足りないのか痩せたし常に貧血で立ち眩みでそのまま意識を失って倒れ数秒間気絶してたりを繰り返す日々。

 そんな時にキツイ・キタナイ・キケンの3K過激パンク劇団ゴキブリコンビナートの本公演『膿を感じる時』への出演のお誘いが来て、万年人手不足に悩む劇団なので協力したいとは思いつつもさすがにただでさえ体力の要る劇団だし稽古がもう体調的に無理そうなのと本番期間も最終日は予定を入れてしまっていたので、最終日の前日まで制作お手伝いの方に回る事に。
と言っても本番ちょこっとだけヤラセのスタッフとしてセリフも言う事にもなり、上演前の客入れはリアルスタッフとしてお客さんを席まで誘導、本番中はヤラセスタッフとしてまたお客さんを誘導というダブルワークに。

 客入れというものをしたのは人生で二度目で、一度目は小さなギャラリー公演で丸椅子がランダムに置かれているだけだったので特にコレという仕切りも必要なく好き勝手座ってもらったけど、今回は雛壇2列と桟敷に上手くお客さんを入れなくてはいけなくてなかなか難しかった。特にゴキコンの場合はお客さんから「汚れない席はどこですか?」など訊かれる事が多く、ぶっちゃけ個人の希望を一つ一つ考慮は出来ないし(そこまで把握していなかったり把握しててもネタバレしたくなかったりなどもあり)、逆に体の不自由なお客さんなどは席を考慮してあげたいし、出来るだけ公平に席を案内するべきとは思ってても先に来た人が端っこになっちゃったりとパズルが大変。無理やり詰めてもらう時なんかは申し訳ないと思いつつなるべく愛嬌を出してお願いしてみたり。
こういうのがチャチャッと出来る制作さんて凄いよね。

 まあ今回のゴキコンはそんな客入れの企業努力も全て無駄になるのですがぁぁぁ~!!!

 台本はあらかじめもらっていたけどゲネ(通しのリハーサル)を観させてもらってそこで初めて作品の全貌を知る。やっぱりお客さんが入るとリハーサルとは全然違うものなので本番も観たくて、自分がお手伝いを終了する回には他の制作補助の人にヤラセスタッフ業務も代わってもらって完全にお客さんの一人として観劇。
ゴキブリコンビナートは客席によく汚物や汚水が飛んで来るので受付でレインコートも販売していて、無くても平気かなー?と思ってたけどやっぱり不安になったので制作チーフに封が開いてて汚れて売り物にならないレインコートが余ってるからとそれをもらって着ようと広げたらもうすでにカビ臭くなってて着用するのにはちょっと抵抗あったので防御シートとして体の前を覆うようにして使用。

 相変わらずグロテスクなまでの乳房や性器(作り物)を付けた役者達がところ狭しと暴れ踊り味噌汁や血糊やゲロが飛び散っては客を染める、映画でいう4DX状態。
今回前半の構成がアラン・ロブ=グリエ作品並みにトリッキーで、平成なんだか令和なんだか、夢なんだか現実なんだか、おはぎなんだかウンコなんだか…と頭がグルグルと混乱してきたところで舞台上で歌い踊っていた役者達が終演の挨拶。え、コレで終わりなの?と訝っているとスタッフも出てきて退場を促すので帰る準備をしていると…!

 そう、このスタッフは僕もやったヤラセで劇の中の一員、悪夢の劇中劇の共犯なので当然そこでは終わらず、ニセのスタッフに誘導されて立ち上がったお客さんのまさに今まで座ってた雛壇状の客席がいきなり崩壊し背後の壁だと思っていた一面が開いてだだっ広い空間が出現!視界の広がりと共に前頭葉もパカ~ン!と覚醒するような爽快感!

 しかしその壮観も束の間、コンクリート打ちっぱなしのその空間は即座にバトルフィールドと化し、客席だった雛壇はひっくり返すと巨大な台車となって可動するのでその上に様々な異形の奇形児軍団が飛び乗っては喧嘩神輿のようにぶつかり合って周回してはまたぶつかり、さらにはそこに高速で車椅子が突っ込んでクラッシュし、まさに阿鼻叫喚!

 客はもちろん客席を失っているのでオールスタンディング…というよりボーっと突っ立ってると台車が突進して来るので、時に散り散りに時に大きな渦となってひたすら逃げ惑う。芋の子を洗うような蜘蛛の子を散らすような蜂の巣をつついたような。足元はすでにおはぎなんだかウンコなんだかで滑るし踏みたくないし。僕もカビ臭いレインコートをヒラヒラとなびかせて逃げてたら途中でコートの裾が台車に巻き込まれそのまま床の藻屑となりました。
しかし芝居は観たいので演者の近くに恐る恐る集まるも演者が暴れだすとわらわらと逃げるという繰り返し。そのお客さん達の様子も可笑しいというか、もはや可愛い。
逃げ回るうちに色んなお客さんと出会うんだけど、味噌汁を思いっきり浴びたのであろう、背中にワカメが数枚ベットリと世界地図のように付着してるお客さんが居て「ワカメ付いてますよ」って教えてあげたかったけどもちろんそれどころではない。

 クライマックスは薬害による奇形児達(色んなバリエーションの異形体躯の肌色の着ぐるみ)と敵対する合成着色料の害によるお尻人間達(毒のウンコを出すお尻の肌色の着ぐるみ、薬害で奇形児になるのは解るがなぜ合成着色料でお尻人間になるのかは永遠の謎)とのバトルなので、登場キャラクター全員が肌色でとってもヌーディー。コンクリートの背景も相まってピナ・バウシュのステージのようにスタイリッシュなものに見えてきてしまうとは、僕も毒ウンコを食べてしまったのだろうか?

 そしてどうしようもない運命とどうしようもない生命の中で散りながらも輝く愛。完。

 面白かったなー♪僕はお客さん達よりも先に内容を知ってるので戸惑うお客さん達の顔を見て楽しもう~ウヒヒ!なんて思ってたけど自分も普通にビクビクしたし驚いたり笑ったり新鮮に楽しんでしまった。
しかし胃腸の件で体力が低下してるのですっごい疲れた~。いつも思うんだけど、ゴキコンの人達はどうしてあんなに元気なんだろ?主宰や初期からのメンバーは僕よりも年上だし若い女の子達も僕と大して変わらないくらいの体格なのに皆たくましい。ゴキコンの場合、本番のみならず仕込みやバラシもハードなので本当に凄い。どこからその体力が湧いて来るのだろう?

 きっとそれは、やりたい事、こういう内容でこういう表現でっていう欲求が体を突き動かしているからで、目的のためには手段を選ばずというか、理想とする表現のためにはこれだけ体を酷使しないと到達しないからというシンプルなものなのだろうけど。それにしてもである。

 体力があるという事は何よりも財産だ、と、そうでない虚弱な僕はいつも羨む。
情けない大人は、たくましい大人を夢見て今日もお粥を食べるのです。