2014/03/20

54病棟日記

 人生をこじらせて1週間ほど精神病院に入院した。

 「本日からここで過ごして頂きます。」と案内されたのは、広く清潔で明るい病棟。
精神病院というと拘束衣を着せられて鉄格子の中で…というイメージが付きまとうけど今時そんなのはよっぽどの患者でないと適用されなくて、54病棟は任意入院患者の男女混合の開放病棟なので比較的ライトな感覚。テラスやカフェテーブルなんかもあってちょっとしたホテル気分だ。

 しかしそこはやはり精神病院、患者のレパートリーが富んでいる。
明らかに開頭手術であろう痕を頭部に残しつつ薮睨みの目でいつも何かを熱く語っている男性がいるかと思えば、袖口に血痕が付着したままのYシャツをずっと着てほとんど何も喋らない草食系メガネ男子(1週間の内で看護師の問いかけに「はい」と一言喋ったのしか聴いた事がない)、おかっぱ頭のジミー大西でしかない年齢不詳の男性は軽い知的障害があるらしいがなぜかいつも女物の服を着ていて食事の時はそのおかっぱ頭をツインテールにするので更にインパクトが増し、毎日一日中ダイニングテーブルの前から1ミリも動かない車椅子のお爺ちゃんなんかはもう車椅子の機動性の意味がない。
女性陣も負けておらず、キティーちゃんのジャージのセットアップで若作りしている50代半ばの平子理沙(平子理沙本人が既に若作りなのに。しかも院内なので髪のリタッチが出来ておらず茶髪の根元から白髪が…。)、映画『ピンク・フラミンゴ』でゆで玉子ばかり食べていましたよね? と思わず訊きたくなるほどイディス・マッセイにそっくりのおばちゃんや、これまた映画『スター・ウォーズ』のジャバ・ザ・ハットでしかないおばちゃんも。失敗した整形二重瞼で姐御肌気取りなのか過剰に話しかけて来るかと思いきや夜中に泣いて過呼吸になるヤンキー姐さん、頭のバンダナがキマってる秋葉系女子、などなどの中に混じって一人だけスタイルの良いすごい美人が居るのもまた異様で。
その他、カタコトの台湾人や盲人まで居て、総勢30名ほどだろうか、みんなまるでゾンビというよりもっと生気のない幽霊みたいな佇まいでウロウロしていて、まあなんというかすごいとこに来ちゃったなという感じはあったワケで。

 入院に先立って諸々検査。CTスキャンに心電図、レントゲンに検尿、採血とこちらもフルコース。
CTスキャンは初めてだったけど、そのものものしいマシーンの見た目やウィ〜ンという起動音がなんとなく『攻殻機動隊』を連想させてテンションアップ。
採血に至っては、僕は何を隠そう意外な事に実は注射が大の苦手で、注射と聞いただけで手の力が抜け冷や汗が出てしまうほどなのだ。腕に針が刺さっているところなんてもちろん見れないので目を背けソワソワと爪を噛んだり顔をなで回したりしないとやり過ごせない。ただでさえそんななのに血管が細いため昔から一発で決まらず、両腕刺されて今回も3度目にやっと決まった。勘弁して欲しい、ホントに。しかもシリンダー6本分も血取られたし。鬼め。

 検査を済ませると鞄の中を調べられ常備薬とカッターナイフを没収されてから病室に入ると、同室のブタコウモリみたいな顔したオッサンの患者にいきなり「センスあるっ!」と言われる。さすが精神病院。お前に何が分かるのか。
このブタコウモリ、もう7ヶ月も入院しているらしくすっかり牢名主風情なのだが、 病室では携帯での通話は禁止なのにガンガン喋ってうるさいし、病室での食事も禁止なのにせんべいバリバリ喰ってうるさいし、いびきがうるさいし屁もうるさいのでもう3日目でギブアップして看護師に頼んで部屋を変えてもらった。ベッドごと移動した新しい病室は54病棟内でも抑鬱状態が重い患者の部屋だったのですっごい静かで良かったです。静かっていうかみんなほとんど寝たきりなんだけど。

 担当医はすごく若くて多分同い年くらい?で、ヒョロっとした長身にメガネでマッシュルームカット、コーデュロイのスキニーパンツにバックスキンのシューズというオシャレさんだったけど、医者は変態が多いと僕は決め付けているので、あぁこの人もこんなオシャレだけどきっと変態なんだろうなぁ〜と思って親近感湧いたり。医師と看護師は皆感じ良くて話しやすく親切。
でも僕はいつも眠る時全裸なんだけど、一応気を遣ってパンツだけは穿いてあとは裸で寝てたら担当医に「何か着てください」って怒られた。でもその後もこっそり裸で寝てやったけど。起きてる時はTOPSHOPのセットアップなんかでウロウロしてオシャレアピールしてみたり。

 54病棟は基本的に休息と規則正しい生活へシフトチェンジしていく目的の病棟なので、朝6時起床の夜9時消灯で食事も1日3回、食後や寝る前にそれぞれに処方の薬を配布され看護師の前で飲む。人によっては外出や外泊も可。洗濯はランドリーがあるので個々でするけどあとの事は全てやってもらえるという過保護な環境。
普段1日に3回も食事を摂らなくて1〜1.5食くらいだし、ちょっと太ったのでダイエットしたくて食事の量を半分に減らしてもらえないか訴えたけど、それだと摂食障害レベルらしく担当医が許可してくれず「今BMI値が18だからあと2〜3kgは太って退院してもらいたい」とか恐ろしい事言い出す始末。このメガネマッシュルームめ。苦肉の策としてご飯を小盛りにしてもらったくらい。OLか!
でも病院食は薄味ながら美味しくて良かった。みんないつも心ここにあらずといった形相でフラフラしてるのに飯の時間にだけはきっちり集まってくるから可笑しい。でもそれは入院日数が経ってくるとあまりにヒマで食事くらいしか楽しみがないからという事に気が付いた。というか自分も食事の時だけはきっちり集まる人になっていた。
まぁとにかくヒマで、本を読んだり音楽聴いたり売店に行ったりロビーでテレビ観たりダラダラと過ごすのが精一杯。ロビーの本棚には精神病院なのに精神衛生に悪そうな『ハンニバル』の小説が置いてあったり、『ガラスの仮面』やファッション雑誌からエロ雑誌まで無駄に幅広い。 あとはドリンクバー(ただし、ほうじ茶のみ)があるから、ほうじ茶を永遠に飲み続けるくらい。

 再検査でまたも採血(今度は一発で決まる!)と、腹部の超音波エコー。超音波エコーは、ぬるぬるとしたローションを塗られ腹部をまさぐられるのはこういう風俗があれば需要があるんでないかと思える感触。お腹の赤ちゃんは男の子でした〜!なんてモニターに映った自分の内臓を眺めながら束の間の妊婦気分。

 あまり他の患者と話したくないのもあったし、話しかけようにも病状も人それぞれなので話しかけてよいものか…という感じで、いつも大体一人で行動してたんだけど、ある日突然、例の一人だけ居るスタイルの良い美人さんに話しかけられ恋の予感かと思いきや履いていたサンダルについて根掘り葉掘り訊かれる。一時期流行った漁業用サンダル、通称・漁サンのゴールド色を履いていたのだが、何でもゴールドはレアらしく、でもドンキで買ったんですよ〜なんて応答してたらあっという間に他の女子患者達にも取り囲まれ、普段は何してるんですか〜?とかどこ住んでるんですか〜?とか女子特有の賑わいになりつつも「舞踏家なのかなと思ってました」とか、あぁそこはそうなのね、と。でもこれもモテにカウントしときます。

 こうして入院や他の患者にやっと馴れてきたものの仕事や用事もあったので、担当医からはもう少し滞在してた方が良いと言われつつも1週間で退院。でも退院前々日くらいから調子が良くなったので入院も侮れないなぁと思った。時には病院に頼る事もオススメです。
個人的には、僕が人生において経験するであろう3つの内の1つであった、精神病院への入院を果たしてしまったので、残るはあと2つ、刑務所への入所とホームレス生活を待つばかりである。