散々飲んだくれて店内で潰れて閉店時間にムクリと起きて帰路に着き、最寄り駅前の富士そばに立ち寄りそばを啜る。
明け方の店内にはもう一人、同じく飲み帰りなのであろう今時のファッションに身を包んだ男子がそばを食べていた。
自分がそばを食べてる間にその彼はもう食べ終わったらしく膳を片付け出口に向かう…かと思いきや、もう一度券売機でそばのセットを頼んでいる。
「よく食うなぁ~。しかしそば食べて足りないからってまたすぐそば食うか!?」と、変わった人だなとは思ったけど特に気にせず自分が食べ終わったので店を出る。
家までの大通りを歩いていると後ろから自転車がやって来て横に停まった。見るとさっき富士そばに居た男子だ。
「ダメ元で誘うんですけど、これからちょっと飲みに行きませんか?」
ああ、これはよくあるナンパの類かと。なぜなら髪を下ろしているとたまに女に間違われてよく声を掛けられたりするので、もうこちらも慣れたもんである。
以前もやはり髪を下ろしている時に同じ大通りで強い雨の降る真夜中、終電をなくした学生だろうか、若い男子がずぶ濡れになりながら仔犬のような瞳で「お姉さんの部屋に行ってもいいですか…?」と訴えてきたものの、捨て犬を拾う趣味はないので放置した事もある。てか怖ぇし!
だから単純に女と間違えてるんだなと思ったので「ていうか、男だよ?」と諭したのだが、普通は僕を女と勘違いしてた場合はそこで話は終わるが、間髪入れずにそれでもいいと。
じゃあ別にナンパじゃなくて単純に飲みたいだけなんだなと、その時はそう軽く判断したので面白そうだしOKすると、「やったぁ~!」と嬉しそう。
「じゃあ、乗って!」
と指されたのは自転車の後部座席。ファッショナブルな身のこなしとは裏腹にママチャリだし。
こうしてまだシャッターの降りた早朝の街を男二人が自転車に2ケツして爆走する事になるのである。
そして自転車に揺られながら話を聞くと、先ほどの富士そばに僕が入ってきた時に一目惚れしたと言うのだ。
けっきょくそっちか~い!!!
しかし彼は別にゲイではなく、彼女に振られたばっかのところに僕という女神(?)が降臨したという状況らしく、綺麗だし可愛いしとやたら褒めてくれる上に、普通の人は引く部分の鼻のセプタムのピアスもイイと言ってくれる。
でも自分オッサンだしなぁ~と逆にこっちが困惑しつつも、幻想は早めに壊してあげた方が親切だと思うので、本名言ったら引くかなと「雲平」というヘンテコな名前を告げてみるも、「うんぺい!?イイ!可愛い!!!」と。
それじゃあ年齢を言えばさすがに引くだろ、と、28才の彼に今年37才になると言っても「全然アリ!!」と、全くめげないのである。
そして富士そばでおかわりしたのも実は僕の事が気になって仕方なかったからだという。
飲めそうな店ももう閉まっている時間だったので諦めて、家まで送ってくれるというのでまた自転車2ケツ。
終始テンションの高い彼は、口癖なのか「最高かよ~!!!」を連呼している。
僕は今まで何にしろ自分の存在をこんなに喜ばれた事がないのでひたすら不思議な感覚で、こんな見た目男か女か判らないオッサンを丸ごと受け入れそうな人が居る事に驚きつつも、そのジェンダーレスかつエイジレスな感性を持つ彼の自由さは素晴らしいなとも思ったり。
そういえばこんな風に自転車に二人乗りするジブリの作品あったような?と思いつつも、ジブリでは描けない絵面が可笑しい。なんだコレ。出会いが富士そばって。
家の近くで降ろしてもらって懇願されてツーショット写メを撮られ連絡先を交換して別れた。
まさか自分の身にこんな事が起こるとは。
彼も今頃は酔いが冷めて夢からも醒めて、惚れた相手がオッサンだった事を改めて認識して後悔している時だろう。それでいいのである。