2016/03/29

横町慶子さんのこと。

 ロマンチカやナイロン100℃などで活躍した、女優の横町慶子さんが亡くなってしまった。

 慌ただしい撮影の現場で人伝てにいきなり聞いて驚く間もないような感じだったけど、小さな動悸が止まらなくて、それから公式に発表があってたくさんの人が様々な想いを綴っていた。ネットニュースにまでなっていて戸惑ったけど。

 横町さん、死んじゃったんだ…って改めて思った。

 いちばん最初に横町さんを見たのはロマンチカのフライヤーでだった。
裸体に泡を纏ったキュートな姿に釘付けになり、その時に"Floating BAR"と銘打って女性メンバーだけでショー形式の公演を行っているロマンチカの存在も初めてハッキリと知って、その公演は残念ながら行けなかったけど、サイトを閲覧したりDVD『ロマンチカの夜 / LA NUIT DE ROMANTICA』を購入して繰り返し観てはそのグラフィカルな演出に憧れて、自分が求めていたものはコレだ!と確信した。

 念願のロマンチカの生での観賞は2006年に天王洲アイルのスフィアメックスで行われた『PORN』という公演だった。
PULP STRIPTEASEというキャッチコピーと共に展開されるセクシーなシチュエーションの数々。でも一貫して観客を突き放すようなクールさと、イマジネーションを優先させて浮かび上がる一つ一つのシーンがとてもカッコ良かった。
出てくる女優さんがみんな綺麗だったり可愛かったりするんだけど、横町さんは日本人離れしたルックスと浮世離れした存在感で知性と色気と力強さが混在してて、ちょっとソフィア・ローレンみたいで、日本にもこんな人が居るんだ!?と思った。
外見だけでなくパフォーマンス中に発するオーラも凄かった。舞台上では指先から髪の先にまで全部に神経が行き渡っていて、その凛々しい緊張感が会場を電気のようにピリピリと包んでいた。

 抗えない壮絶な美。

 僕にとって完璧で、夢中になった。

 公演が終わった後にどうにかこの気持ちを伝えたいと思ってロマンチカのサイトに長々とした感想文をメールした。
その頃からだろうか、SNS上でロマンチカの主宰で作・演出の林巻子さんと繋がらせてもらってたまにやり取りなどしてもらっていた。
事あるごとに僕が「何か手伝える事があったらお手伝いしたい!」とうるさく言っていたからか、2009年に原宿のラフォーレミュージアムで行われた横町さんのソロ公演『かわうそ』のお手伝いをさせてもらう事に。

 僕はいわゆる小劇場界隈しか経験がないし、憧れのロマンチカに微力ながらでも参加出来るという嬉しさの反面、田口トモロヲさんや菊地成孔さんなんてスクリーンやレコードの向こう側の人達と自分が関わる事になるなんて思ってもいなかったし、一応、演出助手という肩書きをもらってはいたけど素人同然で、プロの大人達がたくさん居る現場にどうにか付いて行こうというので精一杯だった。

 『かわうそ』は横町さんの動きがナレーションと並行して進む構成で、フーガのように繰り返しも多かったりでなかなかややこしい脚本だったけど、リハーサルを重ねて、僕も時々意見を言ったり、ついにはほんの少しだけ出演もしたりと色々やったけど、いちばん嬉しかったのは林さんが「足立さんとはグラフィックのセンスが合う」と言ってくれた事。すごく、すごく、嬉しかった。

 横町さんと直接話したのは『かわうそ』よりも以前で、林さんが演出・横町さんが振り付けを担当した野宮真貴さんのリサイタルにて、たまたま後ろの席に横町さんが居たので意を決して(舞台上の凄まじいオーラの印象が強くて、恐い人かもと思っていた)話し掛けたら(緊張して「ファンです!」みたいなバカな事言ったと思う…)、お嬢さんという言葉がピッタリの、少女みたいに可愛い人で拍子抜けしたほど。
こんな可愛らしい人がどうしたら舞台上であんな迫力を出せるのだろう?と不思議に思ったものである。

 林さんともいろいろ話して、昔のロマンチカのいわゆる演劇時代の事や(僕の勉強不足だけど、昔は劇団メンバーに男も居たんだよ、とか)、好きな人物や音楽の話とか、お笑いの事とかまで。
僕が杉本エマが好きだと言ったら写真集を送ってくれたり。なんというか、色んな事を知ってて頼れる先輩のようだったし、自分が好きな物事やセンスをもっと突き詰めてる人と話せるという喜びがあった。

 『かわうそ』を終えてから横町さんは脳梗塞で倒れ、半身麻痺の状態になってしまう。

 それを聞いた時は本当に驚いたし、不条理も感じた。
花よ蝶よと言われてた人が、どうして。
本人の心中など計り知れないくらいの出来事。

 肉体的にも精神的にも長い間の葛藤があっただろう、でも横町さんは人前でパフォーマンスする事を選んだ。とにかく、そう決めた。
ロマンチカも退団してしまったし、今までロマンチカでやって来た事を同じようには出来ない。体も以前のようには動かない。現状で何が出来るか?どんな表現が出来るか?
また演出助手としてお手伝いする事になって一緒に考えた。

 リハビリの付き添いをしたり、悩みを聞いたり冗談を言い合ったり、死生観についても話したし、共通の苦しみも抱えていた。
いつの間にか僕の呼び名が「足立さん」から「雲平ちゃん」に変わっていた。
一人の人間・横町慶子がそこに居た。

 半身麻痺の人の悩みや苦労も学んだ。
麻痺してる側では階段の手すりも掴めないので、左側が麻痺していた横町さんはエスカレーターでは右側(急いでいる人側)に乗るしかなくて邪魔がられたり。(神社は手すりが階段の真ん中にあるのでありがたいと言っていた。)
一人で髪も結えず、スマホも片手じゃ操作出来ないからガラケー、封筒も口を使って破かないと開けられない。日常のちょっとした事でも片手だけでは出来ない事が多い。
靴も装具専用の物しか履けないから、とオシャレな横町さんは嘆いていた。

 一緒に美術館に行った時、一枚の絵の前で止まった横町さん。絵のタイトルが今自分が表現したい事、想っている事とピッタリだと言う。
こうして『生命の泉は汝とともにあり』が産まれた。

 両国にあるblack Aというカフェギャラリーでの公演。
今までの劇場とは違う小さな空間。お客さんと目線の高さも同じで照明や音響も凝った事は出来ない。セットもカフェのテーブルなどを使った。
みんなで創り上げた物を最終的に共同演出である手塚とおるさんに監修してもらう。手塚さんは作品の事を本当によく解ってくれていて、直しを入れてもらった箇所も全部きちんと意味を汲んでの改良だったし、それをサッと指示出来る経験値の高さはさすがだなと感嘆した。

 本番、車椅子で登場し観客一人一人とジッと目を合わせる横町さん。彼女の地獄を感じ取って会場が凍り付く。
経緯を、現在の彼女自身を、詩的な表現で畳み掛けていく。横町さんによる、横町さんにしか出来ない、横町さんの物語。

 ロマンチカ時代の公演に比べたら垢抜けないかもしれない、カッコ悪いのかもしれない、でもとても良かった。

 ラスト、冒頭の観客への視線とは異なる、愛と感謝の眼差しを一人一人に向ける横町さん。
今までのロマンチカでのオーラや美しさとは全く違ったオーラと美しさ。
裏で映像のオペをしながら涙した。スタッフも泣いてたしお客さんも泣いていた。
身内スタッフが泣くなんて気持ち悪いかもだけど、どうしようもなく涙が出た。

 昇華するというのはこういう事なのか。

 そして生きる事=表現する事であるという、生き物としての女優。
よくロマンチカ時代とその後とを比べる意見も目にするけど、僕はロマンチカ時代に鍛え上げられたものがあってこそだと思うし、異なる性質のどちらをも、かなりの完成度の高さで魅せられる横町慶子という女優は本当に稀有だと思う。表現する事に於いての根本的な姿勢は変わらないだろうし。だってどちらを取っても「横町慶子」だもん。

 その後の山川冬樹さんとのコラボレーション公演 『ASYMMETRIA〜アシンメトリア』は自分の出演公演がかぶってしまい、お手伝いどころか観に行く事も出来ず。
緒川たまきさん主演のファスビンダー作品に横町さんも出演するとの事で観劇。(そういえば『生命の~』の時に緒川たまきさんに横町さんと僕は同じ種族だと言われた。ロン毛だからか?)
横町さんとダンサーの白井剛さんとの『Liebesträume(リーベストロイメ)~愛のオブジェ~』でまた演出助手として手伝うも稽古の前半しか付けなくて、時には白井さんの代わりに振り付けの練習相手になりながらも、本番で初めて全貌を観た。
ユーモラスなシーンもあったし白井さんとの男女としての佇まいが新鮮でもあり、ダンスパフォーマンスとしての要素が強い作品だった。

 この前、ちょっとした用件で横町さんにメールしたけど、いつもならわりとすぐに返信があるのになくて、忙しいのかな?くらいに思っていた。最近は全然会っていなかった。

 そして、訃報。

 もっとこうしておけば良かったという後悔はきっと関わった人なら誰にでもあるだろうけど、僕もやっぱりそう思ってしまう。自分にもっと何か出来たかもしれないと思うのはエゴかもしれないし、あとからそう思ってもそれは言い訳でしかないんだけど。

 ロマンチカや横町さんの歴史からしたら僕は昔から知っていたわけではないし、ほんの少し関わっただけの新参者だからあれこれ言えないけど、願わくばもう一度、一回りしてまたロマンチカで、林さんの演出の中の横町さんも観たかったな。あとはロマンチカの演劇時代を全然知らないから観てみたかった。
これから先も、舞台で女優さんを観て横町さんを思い出したり比較したりする事があると思うし、自分が舞台に立つ時に性別は違うけど横町さんを意識する事もあるだろう。演出側の仕事をする事があるならばやっぱりロマンチカが頭をよぎるし、『生命~』の時に一緒に創っていった作業も思い浮かべるだろう。

 「現世は夢、夜の夢こそまこと」

 また僕にとって夜の夢の人になってしまったけど、ゆっくり休んでください。おやすみなさい横町さん。